愛知県一宮市は、県の北西の端、岐阜県と境を接する位置にある。市名の一宮(いちのみや)は、ここに尾張国一宮の真清田(ますみだ)神社があることに由来する。全国に数ある一宮所在地で、その地名が一宮というケースはよくあるが、それが市名にまでなっているのは、ここしかない。街は真清田神社の鳥居前町として発祥した。中心街から少し外れた住宅地の中には、大神(おおみわ)神社という小さな神社があって、ここも尾張国一宮を名乗っている。まさに、「一宮の街」なのだ。


真清田神社は周囲の土地と同じ高さの平坦地に建っている。そもそも一宮市の一帯が木曽川沿いの平らな土地だから当然である。社殿の背後のこんもりした樹々が、なかなかいい感じと私は思った。一見、古来から変わらない境内のようだが、太平洋戦争時の空襲で、一宮市街もろとも境内は焼け野原になっている。その当時の写真が境内に展示されていた。楼門に続く塀だけが残った焼け野原の様子が印象に残る。



境内を出た先には、鳥居前町の通りが南に一直線に伸びていて、そのまま本町通りのアーケード街となって、さらに1kmほど続いている。本町通りを抜けた先で、これに直交する大通りが一宮の街のメインストリートのようだ。大通りを西に行き当たった所に、JRと名鉄の一宮駅がある。

さて、一宮市は、単に鳥居前町として見た場合は、かなりの規模の街である。全国の一宮の鳥居前に発達した街では最大クラスに入るのではないか。しかし、この街を発展させたのは、神社だけではない。繊維産業が街の発展の大きな原動力だった。古くから機織りの伝統があったようだが、特に近代になってから羊毛工業が発達し、繊維の街として繁栄した歴史がある。多くの工場が建ち、女工で街の人口は膨らみ、商店や映画館が賑わった。そのような街の賑わいも今や昔。ネットの観光情報では、かつて建ち並んだ工場のノコギリ屋根の建物がそこかしこに見られるとあるが、中心街とその周辺を少し歩いたぐらいでは、目にすることはなかった。多くが大型ショッピングモールなどに転換したと思われる。

繊維産業が勢いを無くした後の一宮市は名古屋北郊の住宅地として都市化した。名古屋の都心部まで距離およそ20km、電車で30分足らず。通勤圏として申し分ない。確かに、中心街周辺も田畑などまず見られないほど住宅地化している。しかし、この街は中心街も周辺部も何か活気が感じられない。というのが街を歩いた私の印象である。大都市近郊で周辺一帯の中心的都市なら、もっと賑わいが感じられるものだが、なんとなく停滞感みたいなものが漂っている。やはりかつての基幹産業の衰退が、そう感じさせるのだろうか。