大阪・関西万博が開催中だ。明暗織り混ぜ何かと話題にはなっている。今回の万博との絡みで、1970年の大阪万博が過去の万博として取り上げられることが多いが、実は、過去に大阪で開かれた万博はもうひとつある。1990年の花の万博(通称:花博)である。影が薄いのは否めないが、日本初・アジア初開催で空前の大盛況だった'70年の万博のインパクトが大きすぎるから仕方あるまい。

奥の展望塔は万博時に設置


万博当時のものだろう。園内に残っている。
'90花博の会場は、大阪市北東部の鶴見区から守口市にまたがって広がる鶴見緑地だった。'70万博の会場が千里丘陵を切り開いて造成されたのと異なり、花博は既存の大規模公園で開催された。この違いは時代の差でもある。1960年代はまさに高度成長期。郊外の農地や山林がどんどん住宅地になっていった時代で、'70万博は千里丘陵開発のハイライトイベントになった。

一方、花博の頃は、既に都市化が極限まで達し、大阪平野は市街地でほぼ埋め尽くされていた。1980年代はバブル景気で、「地上げ」に象徴される開発の時代ではあったが、市街地の再開発がメイン。博覧会を開けるような広い土地は限られていたことだろう。市街地の海に浮かぶ緑の島のようになっていた鶴見緑地が会場になったわけだ。

そもそも鶴見緑地は、大阪市街が郊外へ拡大するずっと前の1941年に計画決定、戦後の高度成長期に都市化に抗うかのように整備が進められたもの。先見の明があった当時の大阪府政が、大都市に緑地を残して、将来の住民のアメニティを確保するという目的で府内にいくつか整備した大規模公園のひとつ。花卉・園芸がテーマの万博の会場にふさわしかったともいえる。

既存の公園を利用したけれども、万博に伴って開発がなかったわけではない。今は花博通りと呼ばれている片側3車線のアクセス道路が整備されたし、日本初の鉄輪式リニアモーターの地下鉄鶴見緑地線も建設された。鶴見緑地線は、その後、都心の心斎橋まで延伸(この時、長堀鶴見緑地線に名称変更)し、さらに路線の両端で再度延伸、大阪市東西方向の幹線に成長している。

今、花博記念公園鶴見緑地(万博後の名称)に入ってみると(入場無料)、万博当時の展望塔や温室は健在だし、海外各国の庭園もそのまま残っている。パビリオンは当然撤去されているが、公園全体のレイアウトなども万博当時と変わらないのではなかろうか。花と緑と水、野鳥など自然に溢れ、まさに緑地公園、花の万博の記念公園の名にふさわしい景観を満喫することができる。





余談だが、訪れて初めて知ったが、大阪市の最高地点は鶴見緑地内の鶴見新山(標高39m)。今は緑に覆われているが、かつて焼却ゴミを積み上げてできた人工の山。大阪市はほんとに低いんだなあとつくづく思う。
