兵庫県の三田(さんだ)について何かイメージを持っているとしたら、大抵の人の場合、それは、郊外の広いニュータウンだろう。JR福知山線で大阪に、神戸電鉄で神戸に繋がる、阪神両都市へ40km前後、1時間以内のベッドタウンである。ちなみに、神戸三田アウトレットが思い浮かぶ人も少なくないかもしれないが、こちらは三田市内ではなく、神戸市域にある。

中央は神鉄公園都市線とニュータウンの幹線道路・三田幹線

三田市内の丘陵地に北摂三田ニュータウンの開発が始まったのは1980年代から。多摩や千里のニュータウンが高度成長期の開発であったのに比べて随分と後のこと。それ故、先例の問題点を踏まえて開発されたとのこと。三田の旧市街に近い南側から順に開発が進み、北側に広がっていった。


最初に開かれたのはフラワータウン。1982年の街開き。1991年にはアクセス鉄道として神戸電鉄三田駅から公園都市線が敷設された。そのフラワータウン駅周辺が街の中心地。大型ショッピングセンターを核に商業ゾーンが形成されている。文化施設としては、広い緑地を伴う県立人と自然の博物館が特筆される。



フラワータウンの北側に隣接して1987年に街開きしたのがウッディタウン。高層住宅と戸建て住宅が広がる。1996年にはフラワータウンから神戸電鉄公園都市線が延伸されている。その西のカルチャータウンは文教ゾーン。1995年に関西学院大学の新キャンパスが開設された他、県立高校も新設された。高級住宅地区でもある。



ニュータウンの開発が続いた1980年代から90年代にかけて、三田市の人口増加率は、10年連続で日本一を記録している。市の人口はピーク時には11万人に達し、その半数以上がニュータウンの居住者。旧市街でも、通勤のターミナルとなる三田駅周辺は都会的になった。

ニュータウンの開発ですっかり市の様相が変貌したわけだが、以前の三田は人口3万人の小都市で、街の起源となった江戸時代の三田藩の城下町もごく小さなものだった。小学校になっている城趾、旧家老の邸宅、武家屋敷街、かつてのメインストリート・本町通など旧市街を歩いて一周りすることも、それほど苦ではない。



