江戸時代、現在の東京都港区にあたる地域には大名屋敷が数多くあった。明治維新後、新政府が、没収した大名屋敷を大使館用地として外国に提供したことに起因するとのことだが、外国の駐日大使館のうち半数以上の80ほどが、港区に立地する。後の時代に開設された大使館も元大名屋敷だった所が多い。広大で、庭園の緑もある敷地が、大使館にふさわしかったためだろう。
大名屋敷の多くは、低地や谷津ではなく、台地の上に作られていた。水はけが良く、見晴らしも良いことが台地が好まれた理由だろう。低地の下町から台地上の大名屋敷に通じる多くの坂道があった。したがって、大名屋敷の跡地に建つ場合が多い大使館には坂が付き物となっている。
2日かけて港区の大使館を40ほど巡った。まずはアメリカ大使館。アメリカらしく、オフィスビルのような機能的な外観の建物だ。巡った中で、警察の警備が最も厳しかった。かなり離れた所でも要所要所に警官がいる。大使館の外塀に沿った歩道は通行できない。道路の向かいでカメラを構えれば咎められる。アメリカ大使館に沿うのが霊南坂。坂の銘板は写真を撮ることができなかった。立ち止まっていたら尋問されそうだから、足早に通過するしかない。
次に警備が厳しいのは中国大使館。ここの建物も大きい。なんとなく中国らしさがある。外塀には近代化中国をPRする画像がずらりと描かれている。警官の無言の圧力でゆっくりとはしていられない。ここはかつて満州国大使館のあった場所とのことで驚きだ。よくぞこの場所にである。
ロシア大使館。ここも全ての門を警官が固めている。ロシア大使館の隣には3か国の大使館が入居しているオフィスビルがある。ロシア大使館とこのビルの間には狸穴坂。
韓国大使館の前も警備がものものしい。大使館前の坂道は仙台坂だが、立ち止まってはいられない空気が漂っている。これらほど厳重でないが、イラン大使館周辺にも警官がいる。その前の坂は薬園坂。
私が巡った中で警察が警備していたのは以上の5カ国の大使館。護っておかないと、その国に反感を持つ人などが悪さをする可能性の高い大使館を警察を出して警備しているわけだ。大使館に何かあれば、国際問題になるから、当然と言えば当然だが、気持ちよくはない。
次にEU主要国。南部坂にあるドイツ大使館。フランス大使館の裏には青木坂。綱坂のイタリア大使館。それぞれ、その国らしい雰囲気が漂っている。EU加盟国の大使館はいずれも自国旗とあわせてEU旗も掲げている。これら主要国の大使館にも警察の警備があるかと思ったが、なかった。これらの国に反感を持つ人は少ないと見なされているのだろう。
ASEAN加盟国の大使館も自国旗とASEANの旗を掲揚している。鳥居坂を登った所にあるシンガポール大使館とフィリピン大使館。新坂の側にあるカンボジア大使館は仏顔のオブジェが印象的だ。
新坂を登った先にはカナダ大使館。日向坂の上にはオーストラリア大使館。サウジアラビア大使館とブラジル大使館は、いかにもその国という外観だ。
アメリカ大使館の近く、桜坂に4か国の大使館が入居する建物がある。けっして良好な関係ではない国同士でも、大使館は仲良く同居というケースもあるようだ。
ちなみに、イギリス大使館は千代田区だが、幕末に開設された最初のイギリス公使館は港区内だった。高輪の東禅寺だ。最初のアメリカ公使館も港区内。仙台坂の近く、麻布の善福寺に設けられた。それぞれ高台にあって見晴らしが良いこと、幕末期はまだ攘夷派もあり、海に近いことが外国公使には安心感があったため、その場所が選ばれたのだろう。同時期のフランス公使館も同じ地理的条件の港区内の寺院に置かれていた。