京都府の日本海に面する地方が、旧丹後国である。丹後国の一宮は元伊勢籠(この)神社。日本海に突き出す丹後半島の東側の付け根、入り組んだ湾の波静かな海に臨んで鎮座している。元伊勢を名乗るのは、伊勢神宮に祀られる天照大神と豊受大神が元はこの地に在られたという伝承による。
神社の小高い裏山の上には展望台がある。ケーブルカーで登ることができる公園で、傘松公園という。そこから見えるのが、日本三景・天橋立。かつ、その最も代表的な眺めで、昇竜観とか斜め一文字とか言われる眺望である。したがって、傘松公園に登るのが天橋立観光の定番だが、今回は時間が遅かった。冬のぐずついた天気で寒かったのもある。登るのはパスして、籠神社の面前の海の畔の観光船乗り場に行ってみた。海抜0mからの天橋立の眺め。対岸からこちらに向かって伸びて来るような迫力がある。一宮の神様が神社から目にしているのとほぼ同じ眺めだろう。(なお、若い人に聞くと、天橋立は人工物と思っている人がいる。天橋立はれっきとした自然の産物で、砂嘴といって、海流により運ばれた砂が堆積して徐々に伸びたもの。天橋立のように綺麗に一直線に対岸まで繋がった砂嘴は稀少だ。)
(籠神社近くの案内板から)
丹後一宮の西隣の地区は府中という。この地名から、この地区に丹後国府があっただろうことは容易に推測できる。しかし、その遺跡は未確認で場所は特定できていない。府中のさらに西は国分という地区だ。地名のとおり、丹後国分寺があった所だ。こちらは、遺跡がある。かなり広い範囲で、建物があった箇所にはその礎石が残されている。海から少しだけ高い場所にあって、ここからも天橋立が見える。手前の海の向こうに一筋の松林が真っ直ぐ横に伸びていて、松は水中に立っているかのようだ。松の樹々の間から、向こう側の海が所々見えるのが、なかなかよい。この低い位置からの眺めは、天平観というらしい。国分寺が建立された時代の名に由来する。
(改修のため休館中)
国分寺跡から海辺に行くと溝尻という集落がある。舟屋(海にせり出して建てられた小屋で、階下が舟の格納庫になっている。)のある漁村だ。舟屋と言えば、ここから丹後半島の先端に向かって20kmほど先の伊根が大規模な舟屋集落で有名(伝統的建造物群保存地区になっている。)だが、いにしえには、丹後半島東側一帯の各入江で見られたのかもしれない。さて、溝尻の舟屋からも、当たり前だが、天橋立が見える。視野いっぱいに広がる海の向こう側に松の帯が海を取り囲んで伸びていて、海水を松林がせき止めているかのようだ。
傘松公園をはじめ天橋立の定番の展望スポットはいくつかあるが、ほとんどが高い場所からの眺めだ。今回はどこにも登らず、低い場所ばかりから天橋立を眺望することになった。これもよかったと思うが、いかがでしょうか。